茨城編「常総の喧騒と、下妻の深き迷宮」

寝坊という失態すらも、一人旅なら「自由」という名のスパイスに変わる

「しゃーない」

計画では、今この瞬間にエンジンをかけているはずだった。
だが、現実は枕元の時計が示す「7:20」という非情な数字。

本来なら焦燥感に駆られる場面だが、俺はすぐに「しゃーない」と、口の中で呟いた。
完璧な計画も、遂行できなければただの紙屑だ。ならば、この「遅れ」を飲み込んだ上で、今の自分にできる最善のルートを再構築する。それが俺の流儀だ。

風呂に入り、髪を整える。
「よし、行こうか」

遅れを取り戻すために飛ばすのではない。
この遅れすらも「旅の彩り」として楽しむ余裕を持って、俺は愛車のエンジンを回した。

農村の静寂と、常総への胎動

結局、自宅を出発したのは8時40分。計画からは1時間の遅延だ。
だが、ナビに「道の駅常総」を打ち込み、アクセルを踏み込んだ瞬間に、その焦りは消えた。
到着予定は10時02分。北へと進路を取り、俺の「茨城攻略」が本格的に幕を開ける。

利根川を渡る際の、いつもの、そして少しもどかしい渋滞すらも、今は旅の序奏に過ぎない。
国道6号の酒詰交差点を左折し、県道19号から130号へ。
街の喧騒が背後に遠ざかるにつれ、フロントガラスの向こう側が、一変した。

そこにあったのは、果てしなく広がる茨城の農村地帯。
人家も、電柱も、遮るものは何もない。
ただ、どこまでも続く田畑が、俺を圧倒的な静寂で包み込む。

「まだ、こんな景色が残っていたのか……」

正直、驚いた。
自宅から1時間も走れば、そこには現代の地図から消え去ったはずの、ありのままの自然が呼吸を続けていた。

効率と利便性に追われる日常の中で、忘れかけていた「風景」の重み。
残っているところには、確かに残っている。
その感慨が、ハンドルを握る手のひらから全身へと伝わっていく。

圧巻の農村地帯を抜け、国道294号へ合流する。
巨大な圏央道の高架が見えてくると、目的地はもうすぐそこだ。
高度に発展した物流の拠点と、先ほどまでの原始的な風景が交差する場所。
その境界線を右折し、物流倉庫の影を抜けた左手。
ついに、今回の第一拠点「道の駅常総」が、その全貌を現した。

常総の喧騒と、下妻の深き迷宮

「道の駅常総」の駐車場に滑り込んだ瞬間、俺は自分の認識の甘さを知った。
月曜の午前10時。世間は動き出したばかりだというのに、駐車場はほぼ満車の熱気に包まれていた。

ここは単なる道の駅ではない。圏央道常総ICに隣接し、ETC2.0の社会実験によって「高速を降りても料金が変わらないSA」としての機能を備えている。菖蒲PAから江戸崎PAまで、空白の80kmを埋めるオアシス。大型トラックの列と新築の輝きが、その「常に混んでいる」理由を雄弁に物語っていた。

だが、人混みは俺の性分に合わない。
記念の切符を素早く手にすると、滞在わずか10分で喧騒を後にした。

再び北へ。

国道294号、片側2車線の幹線道路。
かつて栃木を目指すなら高速一択だったが、この道を知ってからは「294」が俺のメインストリートだ。視界が開け、走りやすい。自分のペースで進む心地よさが、旅の純度を上げていく。

20分後、「道の駅しもつま」に到着。

空腹が、今日最初の食事を求めていた。
物産館を横目に、別棟の食事処へ。蕎麦の香りにも惹かれたが、俺の指が選んだのは定食屋の券売機、その「もつ煮丼(大盛り)」のボタンだった。

5分後、呼び出しベルが鳴る。
対面したその一杯は、一見、どこにでもある「普通」の風貌をしていた。
まずは味噌汁で喉を潤し、蓮華を頬張る。

「……柔らかい」

驚くほどに煮込まれたもつが、舌の上で解けていく。芯まで染みた味が、空っぽの胃袋に染み渡る。美味い。本能に任せて蓮華を動かし、どんぶりを掘り進めていく。

だが、半分を過ぎたあたりで、俺は「下妻の洗礼」に気づいた。
食べても食べても、もつが減らない。それどころか、食べ進めるほどにこの器の底知れぬ深さが露わになっていく。

「……黄色信号か」

胃袋からの警告灯が点滅を始める。だが、ここで退くわけにはいかない。
どんぶりの底に沈む最後の一粒、最後の一片まで。
俺は気合を入れ直し、蓮華でその深淵をすべて掬い取った。

最後の一滴まで味噌汁を飲み干し、完食。
満足感、そして、それと同じくらいの「ちょっとした苦しさ」が同居する。
そんな苦笑いすらも、この一人旅の醍醐味だ。

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