宇陀の朝霧と、眠りから覚める1000kmの闘志。

3月16日、午前8時ちょうど。
道の駅「宇陀路大宇陀」のオープンと共に、俺たちは静寂から喧騒へと足を踏み入れた。レジで手にした「道の駅記念切符」。その小さな紙切れを相棒と眺めた時、1,000kmに及ぶ旅の鼓動が、ようやく現実のものとして俺の胸に響いた。
ここからは分刻みの戦いだ。巡るべき道の駅は50箇所超。
俺はステアリングを握り、愛車を紀伊半島の深部へと滑らせた。
奈良県北東部を制覇し、さらに奥地へ。そこで俺を待っていたのは、想像を絶する「起伏」だった。
関東の平野しか知らない俺にとって、土地の高低差は意識の死角。地図上の平坦なイメージは、牙を剥いたリアルな自然に無惨にも打ち砕かれた。「ああ、俺は今、本当に知らない土地にいるんだ」――その激しいアップダウンこそが、旅の洗礼だった。

針T・R・Sで二度目の給油を終えると、道はさらに険しさを増す。
見渡す限り、山、山、山。果てしなく続くカーブ。
時折現れる水辺やダムの光景に、俺は感動よりも先に「恐怖」を覚えた。剥き出しの自然、その圧倒的な厳しさを前に、自分の小ささを思い知らされる。それは、安っぽい感動など寄せ付けない、命の危険すら孕んだ「本物の自然」だった。
「ワームホールを抜けて」
吉野、十津川、熊野川。山間部の緊張感に耐え、新越路トンネルに飛び込む。
トンネルを抜けた瞬間、相棒が感極まった声を上げた。
そこには、数時間ぶりに見る「人間の生活」があった。険しい山道を彷徨った男二人にとって、新宮の街並みは、まるでワームホールを通って別の銀河に辿り着いたかのような衝撃だった。
国道42号を西へ。
視界が開けた瞬間、そこには関東のそれとは全く違う、どこまでも深く、吸い込まれるような青い海が広がっていた。

串本、橋杭岩。潮風を胸いっぱいに吸い込む。
幼い頃から潮風と共に生きてきた俺の身体が、芯からリセットされていく。山間部で張り詰めていた緊張が、その風に溶け出し、俺は「完全に生き返った」ことを確信した。
「昭和の熱、令和の静」

宿は南紀串本の大江戸温泉物語。本当は車中泊を貫きたかった。だが、この狭い軽自動車で24歳の相棒と一夜を過ごすわけにはいかない。旅の主役はあくまで彼だ。
夕食のビュッフェ会場。そこには、俺の「昭和」と彼の「令和」が鮮やかに現れた。
生魚に目がない俺は、皿の余白など無視して、刺身を山のように盛り、ただひたすらに喰らった。対して相棒は、栄養バランスも、見た目の美しさも計算された見事な一皿を完成させていた。

「食べたいものをガッつく」俺と、「食事をデザインする」彼。
その若き相棒の洗練された振る舞いに、俺はただ感心し、自らの無骨さを省みた。「明日からは、俺も少しは美しく盛ってみようか」――そんな小さな学びすら、この旅が俺にくれた宝物だった。
腹を満たした後は、今日という一日を締めくくる最後の儀式だ。
南紀串本の湯に、ゆっくりと身体を沈める。
1,000kmに及ぶ長距離走行、牙を剥く自然との対峙、そして山間部で張り詰め続けていた神経……そのすべてが、温かな湯の中に溶け出していく。
「ああ、生きてるな」
湯気に包まれながら、ふとそう漏らした。
50代。人生を諦めるには早すぎる。だが、ただ漫然と過ごすには短すぎる。
この旅を選んで、本当に良かった。
風呂から上がり、清潔な布団に身を投じる。
和室の静寂の中、心地よい疲れが波のように押し寄せてきた。
明日もまた、知らない景色が待っている。
深い、深い眠りの中へ。
紀伊半島の夜は、静かに更けていった。
【 The Silent Journey:旅の軌跡 】

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